【アメリカ駐在員 永住を決意】 ~半生を振り返る~#1

こんにちは、今回は我々家族がアメリカ駐在員を辞め、
アメリカで永住しようと決めた理由について記事を書きます。

人生を思い悩んでいる方、今後アメリカで暮らしたいと思っている方のお役に少しでも立てれば幸いです。

目次

学生時代

小学校から高校までずっと野球漬けだった私は大学一年生の春、私は将来は高校教師になり、高校で野球の監督をして甲子園に行く!!と将来の夢を決めていました。

そうなると、やることは決まっており、大学で教員免許の取得課程を取り、バイトでは家庭教師をしていました。ただ、家庭教師のバイトで高校生や中学生の生徒に勉強を教えていて気付いてしまったのですが、「あれ?もしかして子供たちに勉強を教えるの、全然面白くないし、ストレスだな」と思ってしまいました。

特に家庭教師だからなのかもしれませんが、親に無理やり家庭教師を呼ばれた子供も多く、子供のやる気は基本低い子が多かったこともあり、糠に釘・・・みたいな授業の連続。。。

そんなバイトをしているうちに、いくら高校野球の監督になりたいからって、昼間は教室で授業をしないといけないとなるとこれは私には無理だな(我慢できない)・・・と思い、大学二年生になって将来の夢を見直すことにしました。

教師という夢を止めたところで、他に特にやりたいこともなかった私は取り敢えず、恐いくらい読書とバイトに明け暮れ、2年生の終わりの春休みにアメリカに短期留学に行きました。(たまたま、大学のアメリカ人教授が短期留学のプログラムをアレンジして生徒を募集していたので何となくアメリカ映画好きだし、アメリカ本土行ってみたい、という思いだけで応募しました。

それまでの人生ほぼ野球一筋で、「気合と根性」の世界で生きてきた私にとって、アメリカ社会・文化は(個人的な感想ですが)非常に合理的だ!!!ということで心を打たれ、この短期プログラムを終えるころには「アメリカの大学に留学しよう!」と決めていました。

ということで、将来何をしたいのか定まらないまま、取り敢えずアメリカの大学留学資金をためるため、バイト-読書-バイト-読書の生活を続けました。振り返ってみると友達が少ない・・・笑

アメリカ留学

アメリカの大学に留学すると言っても、すでに日本の大学に在籍していたということとすでに3年生になっていたため、お金を貯めてから留学するとなると4年生になってから・・・
そうなると、交換留学した場合、秋卒業になるため就職活動が激やば・・・という思いがあり、個人で1年留学することにしました。そのため、費用が掛かるのでバイトしまくってました。

ただ、語学留学ではなく、どうしてもアメリカの大学でアメリカ人と一緒に授業を受けたいと思っていたので、1年だけの留学でも大学授業を受けられるプログラムを探し、南カリフォルニアにある大学に狙いを定め、そこから1年間はバイトとTOEIC/TOEFLの勉強をしてました。

その後、晴れてカリフォルニア州の大学で1年間の留学生活がスタートしたのですが、最初の授業で全然教授の話すスピードについていけないし、アメリカ人たちとのディスカッションクラスでも議論についていけない・・・ということで打ち砕かれました。
また、アメリカの大学は宿題が多く、単位も簡単には取れないのでほぼ毎晩夜中まで勉強・・・という日々を続け、2か月~3か月目くらいから議論にも交われるようにはなりました。

アメリカの大学は、レクチャークラス(所謂、講義授業)とディスカッションクラス(1つのテーマを90分少人数のクラスでディスカッションするというもの。基本全員議論に入るので黙っているわけにはいかない)という構成ですので、英語できない人は即死です。
とはいえ、そもそもある程度英語できないと入学できないので、入学できるレベルということはある程度ついていけるはずです。

こんな感じで、必死で勉強していましたがどうしてもアメリカで野球をやりたいと思い、大学の掲示板にあった草野球チームにコンタクトをして、野球チームにも入りました。ほぼ毎週土曜には試合があり、やたらとガタイのいいアメリカ人たちと野球をやり、勉強付けのストレスを発散してました。

そうこうしているうちに帰国後の将来を考えようということで、勉強しつつ、就職活動の情報収集を開始して、アメリカで就活準備開始しました。

就職活動

アメリカ留学の後半から就活を開始し、大学4年生になる年の1月に帰国して本格的に就活を開始。留学中は毎日Tシャツ、ハーフパンツ、サンダルで過ごしていた私が日本に帰ったとたんリクルートスーツを着る毎日が始まり、それだけで地獄だな、と思った記憶があります。

就活では、元々総合商社を受けようと思っていましたが、いざ活動を始めるとなぜか「やっぱり日本は製造業だ!」という謎の考えに至り、メーカーばかり受け、結局総合機械メーカー2社から内定を頂き、メーカーに行くことに決めました。

こんな感じで私の学生時代は幕を閉じました。

社会人以降の半生の振り返りは次回の記事で書かせて頂きます。

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この記事を書いた人

17年12月よりイリノイ州駐在

【夫】

長野出身、アメリカ在住

30代 田舎育ちで、田舎を抜け出し、結果田舎が好きになった男

趣味: 野球、旅行、映画鑑賞、読書

学生時代は野球に没頭。商社マンに憧れて、総合商社へ入社し、社畜となる。

マネタイズを考えているときが一番幸せ。

老後はカリフォルニアのオレンジカウンティでのんびり過ごすこと。

日々の気づきや、アメリカ生活に役立つ情報をお届けしていきます。


【妻】

愛知出身、アメリカ在住

30代 娘2人(4歳、0歳)、犬1匹(ミニチュアシュナウザー)

元旅行代理店総合職、結婚を機に退職し、現在は専業主婦

趣味:旅行、映画、ドラマ鑑賞、キャンプ

好きなことは食べること、旅行に行くこと。

2年前からキャンプをはじめてドはまり中。今シーズンもできるだけたくさん行きたい!

駐在妻のリアルな日常をブログに書いていきたいと思います。

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